前回に引き続いて,「紐付き奨学金」と「企業派遣」は,本質的に会社にとって同じものであるが.それでは,どちらの方が会社にとって有用な人材育成・獲得の手段になるのだろうか.ということを考えています.
比較のために状況を簡単にして,典型的な留学の2ケースを考えてみました.
登場人物
Aー米国大学院の工学系研究室に博士課程学生として6年間在籍(22-28歳),会社Cより奨学金を受けて留学.卒業後はC社にて5年間働く義務があり,放棄した場合奨学金の返還義務が生じる.
Bー米国大学院の工学系研究室に企業派遣の研究者として2年間在籍(28-30歳),会社Cより海外出張中の扱い.帰国後は義理,人情,契約などにより,C社を辞めることはおそらくなさそう.
バイアスに関するご注意
筆者は企業からの奨学金は貰ったことはありませんが,Aさんのような経験を積みました.そんな個人的な経験もあり,「Aさんに投資・回収するスキームは日本ではあまり見ないけど,実はそんなに筋が悪い投資ではない」という主張をしたいと思っています.主観ありきなので,その部分は差し引いて考えて下さい.むしろBさん側の方を含め,色んな人の意見が聞きたいと思っています.
投資金額
A さんに投資する費用は,学費(300万 × 2年,50万 × 4年,PhD Candidateになると学費は下がるので)と,生活費(300万 × 6年)の6年間の合計が2600万円と概算します.Bさんに投資する費用は,研究室へ支払うお金(500万 × 2年,スポンサー代とか色んな言い方はありますが,何らかのお金を支払う必要がある場合が多い),給料+海外在住手当+住居補助など(700万くらい? × 2年)で,2年間の合計が2400万円くらいでしょうか.スポンサー代は年間1000万円とも言われますし,給料と諸手当などについては想像ですが,いず れにしても,年間かかる費用に直すと,BさんにはAさんの3倍程度の投資になりそうです.
#あとは,実際にBさん(あるいはAさんも?)がその期間C社のために働いていたら,どれくらいの生産性があったのか,という機会損失みたいな考え方をするのだと思いますが,どうやって考えるのが良いのかな?
留学中のスキルアップ
留学中のそれぞれの期間 で,AさんとBさんのスキルのアップについての方向性は異なります.Aさんは,研究室のガチの学生として卒業のために勝負をします.論文を発表しないと卒業はありませんので,自分で論文を書けば,定期的な進捗報告もします.そういう意味では,概して研究室のボス・同僚からのプレッ シャーも期待も大きくなりますし,結果も求められる立場です.Aさんの取っての6年間は,C社にとって一次的に役に立つスキルというよりも汎用的ですが,競争的な環境で結果を出せる素地を育てると考えています.一方で,Bさんにとっての2年間は,これまでの経験を元にC社の内情やニーズなどを理解した上で,将来のネタになる可能性のある研究をしたり,研究の幅を広げたりできる期間になるのだと思います.
Bさんは企業派遣と言っ ても,留学中にC社に直接関連した研究をすることは多くはありません.特に特許関連の制限があり,多くの場合,研究を始める前に「本研究室で生まれた発明 の権利は,全て大学と研究室に所属します」という誓約書にサインさせられます.ちなみにこれはAさんも同じです.いずれにしても,留学中(投資期間中)の 6年間(Aさん)ないし2年間(Bさん)に,直接的にC社にとって役に立つことをすることは少ないかもしれません.
投資の回収
Aさんは卒業後少なくとも5年間は,C社の研究所で働きます.5年の勤労義務を終えた 後は,そのまま残るもよし,別の研究所で働いたり,大学の教員になるなど,次のキャリアを考えます.Bさんは帰国後,C社の研究所に戻って働きます.本人の意思で辞める可能性もありますが.労働期間の期限がない点で(特に終身雇用を基本とした企業文化で は),C社から見たBさんへの投資に強みが見えるのかもしれません.
Aさんについての不確定性をC社がどう捉えるかは,企業文化によるのでしょう.個人的には,C社と強い繋がりを持った人材が他の組織に散らばることについて,必ずしも損失ばかりではない気がします.例えば,Aさんが大学の教員に なって,数年後に大学発の技術の事業化の過程で,C社と共同研究が始まるなどはありそうな話ですし,Aさんの研究室がC社の研究者の受け入れ先になることも多いでしょう.ちなみに,研究者としては,20代後半〜30代はゴールデンタイ ムだと思うので,そのうちの5年間の生産性は高いとも思います.
所感・雑感
最初に書いたようにバイアスありきですが,上記のストーリーを鑑みるに,Aさんへの投資効果が,Bさんへのそれと比べて,全く低いとは言えないんじゃない か,と思っています.リターンのばらつきが大きなキャンブル的な人材への投資という考えもできるかもしれません.辞められるケースを考えても奨学金分の返還義務はあるので,企業に取ってローリスク・ハイリターンの投資だ,と主張したいのですが,それはさすがにAさんの事情に肩入れし過ぎかもしれません.笑 どのようにコストとリターンを定量化して分析することができるのか私ではわからないので,問題提起に終始してしまいましたが,多分専門家の方がデータを持っていたら,比較的有益な分析ができるんじゃないか,と思います.
少し話はそれますが,日本人留学生にとって就職は大きな心配事項ですし,卒業後数年,大手企業の研究所で働けるという「契約」は,むしろ魅力的に映る可能性もあることを追記しておきます.就活などに苦労せずに,進路の目処があるわけです.それを踏まえても,ソニー奨学金,トヨタ奨学金とか,パナソニックでもNECでもホンダでも,あっても良いと思うんだけどなあ.自分には魅力的な選択肢に思えたと思います.最近元気のない日本の電機メーカーには頑張って欲しいです.
以上,長くなってしまいましたが,特に企業の方などの感想を聞けたら嬉しいです!