あけましておめでとうございます.毎年,今年はブログを書こうかなあと思っているのですが,なかなか忙しくなってしまい,後手後手にまわってしまいますね.無理するものではないけど,たまには書きたいと思います.
私はシンガポールで大学教員として実験系の研究室を運営しているのですが,数年この仕事をした今の段階で「お金」の感想をまとめたいと思います. 研究費には 3 年とか 5 年などの期限があるので,そのサイクルが1回りしたくらいです.現職になるまで知らなかったのですが,研究室運営には実にお金がかかります.厳密に言えば知らなかったわけではないのですが,自分の仕事としてお金を集める責任があるかどうかの違いがあります.自己啓発系の文章に頻出する表現を借りれば「自分事」になったということです.
ざっくりとした資金の規模感としては,学生と研究員が半々くらいからなる 10 人前後のチームで研究室を運営するのに必要な資金が年間 4000 万 から 5000 万くらい(+学生が受ける奨学金)です.大学の場合は間接経費として調達した資金の一定割合が大学に納められます.割合は大学によって幅がありますが,2 割弱くらいでしょうか.間接経費というのは,大学の設備・サービスを使うための費用です.例えば,個々の研究室は雇用の際の事務作業をする機能を持ちませんので,研究室が人を雇う際には大学の HR を通しますが,そのような組織の機能を使うための費用だったり,建物の電気代とかインターネット代だったりします.間接経費を支払った後の資金を「研究費」と呼ぶとすれば,研究費の 6 割が研究員雇用のための人件費,3 割が活動費(operation cost,実験設備の利用費・維持費,研究室の場所代,実験に必要な薬品や消耗品などの費用),残りの 1 割が学会に参加したり,論文を発表したりするための費用というイメージです. ちなみに,大学院生の授業料・生活費も研究室として支払う必要がありますが,奨学金を受けられる場合だとお金の流れが違うので,上記に含めてはいません.一方で奨学金を受けられない学生を雇用する場合は人件費が増えます.
#余談ですがここ 10 年ほど,論文を書いた人が発表するための費用を支払う(その代わりに読む方が無料で読める)ようになってきています.お金の流れの変化と,それが意味することを考えると,これだけで飲み会 3 回分の議題にはなります.
#もう 1 つ余談ですが,研究費を取れる教員は,大学への間接経費を多く納める教員ですから,大学運営の視点から見ると,良い人材となります.大学教員は学生には教育で,学術的には研究論文で,大学には資金調達額で評価される,という状況です.
話を戻しますと,研究室の運営・維持のため,大学の理工系教員は常にお金を集めることを考えています.私が雰囲気を知ってるのはアメリカとシンガポールの状況ですが,日本の大学でも大きくは違わないと思います.研究室メンバーが自分で授業料を支払う修士学生の場合はその分の人件費を予算に入れる必要はありませんが,最近では博士課程の学生に給料を出す場合も増えていると聞いています(諸外国では標準的だと思います).個人的には良い人材を集めて結果を出すために,博士課程の学生には給料・奨学金を支払って雇用関係にするのが健全だと思います.いずれにしてもチームを維持するための研究費を工面するのが仕事で,それができないと研究できないし,いずれ解散してしまいますので,今の立場でそれなりにプレッシャーを感じています.これに加えて授業をして,大学運営の手伝いをして,論文を書くので,大学教員はヒマで社会性がなくて何も競争していないというのも,理不尽な言われようだと思います.
お金はどのように集めるのかというと,(1) 政府からの研究費,(2) 企業からの研究費,(3) その他の資金,などです.私の場合は,現状は政府からの研究費が主な資金源です.政府系の研究費は 1 件で年間 1500 万,3 年が上限くらいです.もっと大口のもありますが,駆け出しの教員が一気に確保するのは難しいかもしれません.仮に私のチームの規模(先に目安に出した 10 人より少し小さいくらい)を維持するだけでも,若手が申請できる研究費で運営を続けるのであれば,常に 2 件か 3 件の研究費を確保している必要があるのがわかると思います.現状のシンガポールですと,分野にもよるけど,研究費の採択率は 10 % 強かと思います.
#また余談ですが,政府からの研究費は期限が決まっています.例えば 3 年期限で,1 年毎の予算の繰り越しも,特別な理由がないとできません(これは政府系のお金だと,多くの国で同じ傾向があるんじゃないかな).一般に大学の研究活動と,自由な働き方(最近「働き方改革」などと言われるやつです)の相性が悪いのは,政府系の研究費の制限の多さが一因かと思います.少なくとも私のいるシンガポールでは,研究員に妊娠・出産・産休・育休などあっても,研究費を元々の期限を超えて受け取ることはできませんし,雇用の中断で余剰資金が出てもそれをプールして将来の雇用に使うこともできません.そもそも申請時と状況が変わった際に,お金の使途を変更するのも煩雑(あるいは不可能)です.ライフイベントに応じた自由な休みが取りづらいのは,プロジェクト毎の研究費で回っている組織の難しさです.これも簡単に飲み会 5 回分の議題になりそうな大事な話題です.
また余談から話を戻すと,どのように安定的に研究室を運営するか,というのかに私は興味があります.そしてこれは研究室を運営する大学教員の大半の疑問であり,悩みだと思います.上記の分け方でいうと 『(1) 政府からの研究費』を集めるのにどうするのかは勝手がわかってきました(勝手がわかるのと,楽に研究費が得られるのは全く別の話です笑.そういう資金に応募して,獲得して,実験して,論文書いて,その結果を元に次の資金に応募するサイクルを経験したという意味で,日々勉強です.)一方で『(2) 企業との共同研究』と『(3) その他の方法』での資金調達の方法も考えないと,研究室を安定して運営するのは難しいという実感です.企業との共同研究については,我々は工学系の研究室なので,先方の求めている技術を自分たちが持っていたら,我々が何を提供できるか想像しやすいです.その他の方法での(一般の人などからの)資金調達は,これまであまり考えてきませんでした.一般的に興味を持たれるような技術とかストーリーなどを広く提供して資金調達するという考えもありそうです.本,メールマガジン,ワークショップ,オンラインセミナー,色んな方法はありそうだけど,自分たちの提供できるものに,そもそもどんな需要があるか考えないといけません(留学とか海外とか英語とか,そんな切り口もあり?) 世の中には大口のスポンサー(財団など)に信頼されて,常に一定のサポートを受けるケースもあるようです(これは羨ましい!) また (2) の発展形で,研究室発の技術で作られた会社との共同研究を行うなども,利益相反がないならば可能で,いくつか実例を知っています.最近では知名度の高い人がクラウドファンディングなどをすることも増えてきましたね.やったこともないのに評価はできませんが,クラウドファンディングという美人投票のような枠組みと,研究活動を長期にサポートすることの相性の良さは未知数だと思います.個々に成功するチームは出てくると思うのですが,国や社会としての研究活動のインフラになるのかにも興味を持っています.何にしても,既存の,大学・企業からの資金調達以上に,様々なスキームがあるということです.
個人的な状況を言えば,私は普段自分の時間の 6 割前後を採択率 10 %程度の政府系の研究費の申請に使っています.期待値だけ考えれば,求められているサービス(か何か)を提供して対価を受け取って研究費に充てられたら,政府系の研究資金よりもリターンが大きいのかもしれません.ビジネスの才覚が必要そうで,決してそれが簡単だとも思いませんが,その可能性を試さない理由もありません.どのように立ち回るのが良いのか,現状では答えを持っていないし,1 つの答えがあるわけでもないと思います.ご意見・考え方があれば,ご教示頂ければと思います.お金の話は,ここ数年の課題で,今年の課題で,現職を続ける限り一生の課題だと思います.研究者になりたいと思ったときは,毎日がこんな風だとは思いませんでしたよね.(誰に話しているわけでもないのですが,研究を仕事にしてる人,そうじゃない?)お金のことを気にせず好きなことをしたい,という希望は誰しもが持つのだと思います.だからこそ,様々なお金の集め方をしっかりと理解して実践しなければとも思います.
まとまりのなさが私の長文の良さです.どうぞ本年もどうぞよろしくお願いします!
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